台湾が発信する江戸編集 誠品書店のインタースコア

2019/11/29(金)15:45
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  •  一冊一冊の本を敬い、活かすことを徹底した図書館や書店は、空間を編集する力をもつ。そのあちこちを歩いてみたい。

     “読む前の本の姿や雰囲気も、実はもう「読書する」に入っていると思います。
    ということは、図書館や書店は、その空間自体が「読書する」なんですよ。”
    「多読術」松岡正剛(ちくま書房)より

     藍染の暖簾をくぐると、そこは台湾と日本の境界だった。回廊を進むごとに、ふたつの読書空間が開かれていく。

     2019年9月、誠品生活・三井不動産・有隣堂が運営する「誠品生活日本橋」がコレド室町テラスにオープンした。
     台湾で誕生した、アートスペースや生活デザイン事業を展開する「誠品生活」が、“くらしと読書のカルチャー・ワンダーランド”をコンセプトに東京、日本橋へ初出店したものだ。
     本、そして台湾発の雑貨や食品、カフェで構成されたワンフロアのショップ、その目玉は既に台湾をはじめ香港、中国で読書文化を形成してきた「誠品書店」だ。
    店内にはアルミフレームでつくられた【n】状のアーチが等間隔に設置され、フレームに付いている仄かなあかりが本の街へといざなう。


     日本橋は江戸時代に日本の商業の中心地として発展した町だ。1800年代に出された『熈代勝覧』によると、どの店にも藍色の暖簾が吊るされ、直線的な通りには街灯が並び、秩序立てた町並みが存在していたという。
  •  時を経て、令和の日本橋に江戸の空間と台湾の文化が交わり始める。
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  •  人々は、「口」や「回」の字をモチーフにした廊下を歩き、本を手に取る。書架の道なりを行きつ戻りつ回遊できる構成だ。楽しみは個々の本読みだけでなく日台の文化を交差させる、豊富なコンテンツだ。

     同グループで働く212人の台湾スタッフが“最も代表的だと思う”日本の出版物163冊を紹介する、期間限定イベントでは森山大道の『犬の記憶』、梶井基次郎の『檸檬』から、渡瀬悠宇の『ふしぎ遊戯』までが並ぶ。どこに日本の代表らしさを感じたのか、どんな編集方針が動いたのか、当スタッフと日本の読者たちが語り合う場も欲しくなる。

     台湾と日本のクリエイターたちが自国を紹介するスペースでは、漢字でそれぞれの国民性を表すパネルが面白い。江戸時代の学者、富永仲基は自著『出定後語』に地域や文化が思想形成に影響を与えると説いた。(※)
     彼は、「インド人は芸術・神秘的(幻)、中国人は文飾的(文)、日本人は要点簡潔的(絞)である」と指摘したが、現代のクリエイターたちは台湾人を解釈するとしたら「素」、日本人なら「框(枠組み)」と連想した。地域性だけでなく新旧の思想を対比させ、歴史と文化の変遷を明示するような仕掛けづくりにも期待したい。
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  •  「誠品書店」が起こした、複数の情報を編集するスタイルはイシス編集学校で「インタースコア」と呼んでいる。二つ以上のスコアを「あわせ・かさね・きそい・そろい」にもちこんでみる編集方法だ。

     整然とした江戸の商店をモデルとしながら、台湾の夜市を巡るような高揚感も味わう。他国への発見は母国の文化を振り返るきっかけとなり、ふたつの国を対照させるこの仕掛けが、やがて高遠な世界へと知の枝葉をひろげる可能性をもつ。

     いま、台湾と日本、昔日と最新をつなぐ「素」と「枠」は結ばれ始めたばかりだ。
     回廊がどう成長されるか。その過程ごと、堪能しに訪れてはいかがだろうか。
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  • 誠品生活日本橋URL
    https://www.eslitespectrum.jp

    (※)参考 千夜千冊 1653夜『江戸の思想史』
    https://1000ya.isis.ne.jp/1653.html

 

  • 増岡麻子

    編集的先達:野沢尚。リビングデザインセンターOZONEでは展示に、情報工場では書評に編集力を活かす。趣味はぬか漬け。野望は菊地成孔を本楼DJに呼ぶ。惚れっぽく意固地なサーチスト。